介護

最近のおばあちゃん

10月半ばで入院生活1年経ちました。
1ヶ月前はむくみが来て心臓も弱り、覚悟してくださいと言われましたが
心臓のお薬のおかげで回復しました。

今は元通りの元気さになり、痛みの訴えの頻度も元通り^^;

でも最近になり、言うことに脈絡がなくなってきました。

おばあちゃん、今日、電車に乗って出かけていたそうです。
そこでヘルパーさんのIさんに出会い、話しかけるとだんまりで機嫌が悪かった…
そのことを気にしていました。

Iさんは夕方になると病院の付き添いにきてくださる方で、とてもよくしてもらっています。
今日も私と交代できてくださることになっていたので、
「え~そうやったの~今日もこの後きてくれるけど、機嫌がなおってたらいいよね~」
と話を合わしていました。

昨日は壁に虫がいる、カーテンに針がささっているといって聞きません。
日頃、目を閉じているのに、ず~っとしっかと見開いて壁を見続けています。
神経にさわるから気にしないことよ~といっても聞きませんでした。
看護師さんやらに協力してもらって、
「いないよ~虫探したけどいなかったよ」
などといろんな人に言っていただいたのに、
ひとりの男の看護師さんは気を利かしたつもりか、
「虫追い払ってあげるからいつでもコールを押して呼んでや~」と言いました。

それを真に受けておばあちゃんは
「あの男の看護師さんがいってたから本当におるんや」
と言い出す始末。

その看護師さんは夜勤さんだったので
夕べ、どれだけコールで呼び出されたかは、、、、、しらな~い。
今日、蒸し返したくなかったのでおばあちゃんには聞きませんでした。

そんなこんなで、介護の様相も様変わりしつつあり、
どう対処すればいいのか、頭をひねっているところです。

ひとまず、それだけ色々と話してくれるんだから、体はある程度、回復したということです。
よしとするか。。。。。^^;;
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介護

不思議な場所

おばあちゃんの入院している病院の廊下のつきあたり。
その窓から見えるのは、何にもない茫々の草はら。

ひざくらいの雑草が青々と生えていて、
堂々とした大きさの岩がころがっていたりして
その上に鳥がのんびりしていたりする。

300坪はあるかしら。もっとあるかもしれない。
高台の住宅が立ち並ぶ地区と、低く走っている幹線道路のあいだの部分が
ぽっかりと開発に取り残されて手付かずになっている。
こんなところにこんな場所があるなんて、病院の窓からしかわからない場所。

この雑草の伸び具合は、きっと誰かが管理しているに違いない、と私は思った。
荒れ放題伸び放題ではなく、ずっとひざの丈ほどになっている。
葛の類いが生えている様でもないし、
何というか、気持ちのいい草はらだ。

おばあちゃんがここに転院してきたのは今年の早春で、
ひなたぼっこするのに気持ちがよさそうに思えた。

今は青々とした草が風に吹かれ、夏の日差しに光って見える。

病院ではおむつ交換の時間などは、付き添いは廊下に出るように言われ、
そんな時、私はいつもこの窓から、この不思議な場所を眺めている。
ときおり車椅子のおじいさんが、わざわざここに来て眺めている。
この病院からしか見えない、かくれた場所。

一昨日のこと、
その草はらに初めて人影を見た。
どこからこの土地に入れるのか。
麦わらをかぶった男の人が、草刈機でひたすら草を刈っていた。

やっぱり。
誰かが手入れしていると思った!

妙に私は感動していた。
昼過ぎの暑い最中にこうやって手入れをしている人がいるということに。
それも何の役にもたたない中途半端な場所の草はらを。

そして昨日。
今度は若い茶髪の青年もいっしょに2人で草を刈っている。
やはり昼過ぎの暑い暑い日差しの中
帽子も被らず青年も黙々と草刈機を動かしている。

除草剤をまけば、こんな重労働をしなくてもすむ。
でもそんなことをすれば、たちまちここはただの空き地になってしまう。
鳥も来ないし、私たちが窓から眺めることもなくなるだろう。

開発に見放されたような草はら。
でも空き地ではない。
ここは命がある草はらなのだ。

ただベッドに横たわって言葉一つ話せない病人の方々と
同じ部屋で一緒に過ごしながら
私はこの草はらを見ると救われた気持ちになる。

介護

ありがとうございます、私は元気です

「最近の自分がちょっとしんどくなってきた」という内容の
前回の記事をアップしてしばらくほったらかしにしていましたので、
いろんな方々にご心配をおかけいたしました。

本当にすみません!

その間お電話をくださった方もいらして
まことに恐縮です。

みなさまありがとうございます!

私は元気で通い介護を続けています。
無理はせず私らしくいこうと心がけています。

今朝、やっと主人に「付き添いさん」のことを切り出すことができました。
これはずっとずっとずっとずっと、私が考えていたことで
義母も何度も口にしてきたことで、なかなか実現しなかったことです。

お恥ずかしい話ですが、
主人も義姉も非常にお金を大切にする人で(早い話がケチということかな…ごにょごにょ)
ここぞというときに使わないでどうする!ということになって初めて動く。

「ここぞ!」
とやっと私が言えたわけで、本当にここまで長い道のりでした。(涙)
もう家政婦さんの手を借りて病院に付き添ってもらわなければいけないときがきています。
(ううん、とっくに来ていたと私は思うのですが)


今、義母は療養病棟にうつって小康状態を保っています。
これで何ヶ月いくのか、何年いくのかという状態に入りました。
(今すでに7ヶ月)

さしあたっての肺炎の心配はほとんど消え、
高カロリー栄養点滴によって床ずれもなく、体をうまく保っています。
(これには驚きです、点滴栄養だけでここまで元気になれるなんて…)

命の心配は今はありませんが、
パーキンソンから来る足の激痛に度々襲われては苦痛の日々をすごしているので、
そこがかわいそうです。
毎日私が来るのを待っていますが、それを口には出さないでいるのが健気なところです。

私は病院にいるかぎりは手足のマッサージ、
必要に応じて口腔ケアなどなど、、、、、
看護士とのコミニュケーションが一番、苦労するところかな。。。。。

そんな毎日ですが、ここのところ義母に愚痴が増えていて
看護士とのやりとりがうまくいかないことがストレスになっているようです。

療養病棟には自分でナースコールが押せない、話せない状態の方、
認知症がすすんでいる方、
つまり看護士にとっては扱いやすいと思われる患者さんが、たくさんいらっしゃるのですが、
その中で、ばあちゃんは難物だろうなと思うのです。

頭ははっきりしているし口もきける、耳もよく聞こえている
しかし、話す言葉が不明瞭なので、聞き取るのに時間がかかる
時間をかけてもわからない時もある
神経質である
足の痛みに耐えかねて、よくナースコールを押す

そういう人間らしい姿でいることが、病院ではいけないことなのかね~
と私は疑問なんですが、
ばあちゃん、叱られることも多いみたい

そんなこんなで私にも四六時中の付き添いは無理なので
(じいちゃんのときは交代でそれをしていたけれど、今度は私ひとりでそれはできません)
やっとやっと付き添い家政婦さんを雇うことになりそうです。

私は、平日2,5時間の通い介護は続けて、ばあちゃんに最期まで寄り添っていきたいと考えていますが、
介護以外のやらねばならないこと、大事なこともあります。

じいちゃんのときのように、子どもが崩壊寸前になるまで頑張ってしまった
馬鹿な母親にはなりたくありません。
義姉は今回、自分の体のことでいっぱいいっぱいなので、
多分口は挟まないでいてくれるでしょう。

もうそろそろ嫁として主導権を持たせてもらおうと思っています。
…女帝にならないように気をつけなくっちゃね。

そんな毎日です。

介護

最近の私

おばあちゃんの症状によって一喜一憂していたら
かなり疲れてきた。

私は介護に向いていないのではないかと最近思っています。

思い込みが激しく、勘違いも多い。
疲れてくるとさらに度合いを増し、余計に疲れる、、、、の繰り返し。

やっとそれに気づいたんだから、自分でもあきれる。
(以前は介護は自分に向いていると思っていたんだからね。。。。。)

介護者は、要介護人に何が必要かを把握できなければいけないけれど、
自分で勝手な想像をしてそれにふりまわされてはいけない。

「この人を生かしてあげなくてはいけない」と考えるのは僭越なことだ。
生きているのはこの人自身。
私が生かしてあげているのとは違う。
生かしているのは天であり、生命力である。

それと同様に私も私の人生を「生きている」。
その中で自分が何ができるのか考えて、介護をさせてもらう。
決して私の人生を犠牲にしているのではない。

献身的という言葉に陶酔してはいけない。
「私がしなくちゃ」と思ってはいけない。
「私がしなくちゃ」と思うと、「いい加減、いつまでなんだろう」と思ってしまうことになる。
そして「早く終わればいいのに」ということを思ってしまう。

命に対してそう思うことは、介護者のこころをひずませてしまう。

おばあちゃん、しんどいだろな。
でもしんどいのはおばあちゃん。
私は変わってあげられない。

そう思うことができなければ介護はできないと痛感しています。
できることはしてあげようと思っています。

おばあちゃんまだまだ、頑張るかもしれない。
点滴だけで半年が経とうとしています。

介護

雪解け

10月半ばから入院生活を送っている義母。
一時は肺炎の回復もあって、胃ろうを検討したのですが、
昔、胃を切除したこともあり小さくなっているから、それも不可能という診断がおりました。

万事休す

点滴の栄養は高カロリーに切り替わり、それによって顔のつやも出てきたように思えますが、、、、


 

記録に値するのは
今後の義母のことをどうするか、義姉と相談したときに、
腹を割った話が出来たことです。

まずぶっちゃけた話、
「血のつながっているものだから、私や弟(主人)の方がかあちゃんのいのちを永らえてやりたいという気持ちは強いと思う」
と義姉は言ってくれました。
「そりゃそうです」
私も素直に言えました。

そして私は義父のときの介護の辛さはもう二度と味わいたくないと思っていること、
義母が同じ状態になった時のことを思うだけで鬱になりそうだと、正直なところを言いました。

そしたら
「あのときは精一杯してくれたと思う」
という言葉を義姉がようやく言ってくれました。

義姉とは長い冬の雪解けが始まった感じがしました。
季節はこれから冬にはいろうとしていますけどね。。。。

これから在宅という選択は多分ないと思います。
家に帰りたがっているおばあちゃんにはかわいそうだけど、、、、、

これでいいのだと思っています。
複雑な気持ちはもちつつも、病院通いでおばあちゃんのケアをしていきたいと思っています。

紅茶

Author:紅茶
子どもの自立、自律を目指し苦戦中(高2娘、中3息子あり)
介護は昨年7月に終わりを迎えました
読み聞かせのボランティア継続中
時には歌手
キリスト者
「紅茶さん」と呼ばれる。(^^)/