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子供

ADHD親の会に初めて出席して

いいお友達がいて、誘ってくれていたのですが、
なかなか心理的にも時間的にも無理だったんです。

昨日、行ってきました。
いろんな経緯を話していくうち、
介護のことにも触れずにはいられないので話していると、
感情が固まってきて
最後は言葉がなくなってしまいました。

やっぱり私自身が要注意状態なんだと再認識。
そしてそれを指摘もされました。

子供をちゃんとみていないとも。

でも今の私には無理なことかもしれない、とも。

いろいろ具体策も考えて下さいました。
早急に考えていこうと思いました。

昨日は主人がたまたま代休をいただいていたので、
家にいた娘を主人に任せて親の会にも行けたし、夕方も弟をおいて
娘と二人で買い物に行くことができました。
二人でブラブラゆ~っくりしてくることができたんです。

パソコンにも逃げ込んでいたような感がありますので、
これは自分で決めたことですが、
ちょっと小休止をいただこうと思っています。
どうぞご了承くださいませ。

いろいろ心配して下さっている方がたに
心から感謝しています。
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野菜の番人

かえる2


この葉っぱはスティックブロッコリーという野菜です。
葉っぱの上に小さな雨蛙を発見。

この葉っぱ、どんどん青虫が食べちゃうので、
卵のうちから手でつぶしては駆除していました。
そうしている横でどんどん蝶が産み付けるので、追いつきません。
とうとう葉っぱがレースのようになっていました。

今日、見るとどうもこの蛙ちゃんが卵を食べてくれていた様子。
葉っぱに卵がついていません。

おお、ありがとね。
蛙ちゃん。


未分類

また詐欺ばなしですが…

これは一年程前のことですが、
今でも家族の話題にのぼります。

ある晩、私が電話に出ると、
「あ~こないだはど~も」
と言う。
「え~、失礼ですがどちらさまでしょうか。」
というと、
「ええ~っ、こないだ会ったばかりやのに、わからんの~」
なんとかして、こっちから名前を引き出そうとする。

男の人にこんなに親しげに話しかけられるようなことなど
全く身に覚えがありません。--;
「すみません、ちょっとわからないんですが、お名前は?」

答えた名前に知り合いがいたが、聞き覚えのある声ではない。
その知り合いは主人つながりだったので、
主人に電話を代わってもらうと、
その瞬間、電話はきれた。

馬鹿みたいなことで、無駄な時間を使われた腹立たしさが残る。
「こんどこういうことがあったら…どうしてやろう」
対策を考えながら、家族で盛り上がった。

以下はそのシミュレーションです

_____________________________________________________________

「あ~、○○さんね!こないだはどーも!」
とわざと騙されたふり。
「ちょうど、よかったわ~、電話しようと思ってたんです。
もうそろそろ予定日でしたよね。どうですか、奥さんの具合は?もしかして、もう生まれたの~?」
とまくしたてる。
きっと相手は話を合わして来るはず。
そうなったら、こっちのもので後は
「おめでとうございます。男の子?女の子?
何番目のお子さんだったっけ?」
「そういえば…」
などど、どんどん話をしかけて楽しむ。
最後に
「いつまで話合せるつもり?」
____________________________

「あ~○○さん、おめでとう!」
といきなり言う。
「すごい、大穴やったんでしょ。
私、競馬のことよく知らんけど、かなり儲けたんでしょ。
貸してほしいわ、すこしでいいから。
困ってるねん。必ず返すから~」
と逆をつく。
_____________________________

「あ、○○さん?
けいこは元気?けんたは?二番目の子はなんていったっけ?
…三番目の子は?…四番目の子は?五番目は?…」
_____________________________

年をとって息子なんかの振りをされてかかってきたら、
やっぱり母としては動転するかもしれません。
そのときのシミュレーション。

「えっ、ひろしか?本当にひろしか?」

「そうや、ひろしや」

「残念でした。私の息子にヒロシという子はおりません。」

_____________________________

まだまだ面白い展開を考えては盛り上がる主人…

こないだ、テレビで言ってたけれど、
まだまだ巧妙な手口の詐欺が後を絶たないそうです。
普段しっかりしている人でも引っかかったそうです。

本人にしか知りえないはずの名前とかをデタラメで言ってみることだと
思います。それに合わせてきたら、インチキですものね。

これだけ練習していればうちは大丈夫?





介護

詐欺にご用心

先日、隣家の義母のところに怪しい人物が来た。
ピンポ~ン
「民生委員の竹内と申しますが、ちょっといいですか」

うちのばぁちゃんはと~っても用心深く、し~っかりしている。
鍵は開けずにインターホンのままで
「どんなご用件ですか?」
と、聞いた。

「あのう、年金のお手続きでちょっと間違いがありまして、
それについてお伺いしたいことがあるんです。」

ばぁちゃんはこれはおかしいと思ったらしい。

「年金の手続きについては息子にまかせていますから
間違うことはないと思います。」


「お母さん、この家でお一人暮らしなんですか」

「いいえ、夕方には大勢帰ってきますよ。(本当は一人暮らし)今、お開けすることは出来ませんので、みながおるときにまた来てください。」
取り付く島がないと見たあやしい男は帰っていった。
トイレの窓から覗くと背広をきちっと着こなした若い男だったそうだ。

それから二時間後、またもやピンポ~ンと鳴った。
今度は違う男の声。
「民生委員の竹○です。○谷○次さん(じぃちゃん)のお宅ですよね?」

おばぁちゃんが
「主人は3月に亡くなりました」
と答えるとびっくりした様子。
さっきのことがあるのでいぶかしげに受け答えして、
今は一人だからと言ってやっぱり相手にしなかったら
名詞を郵便受けに入れて帰っていかれた。

後でそれを聞いて私が市役所に問い合わせると
二人目は間違いなくうちの地区の民生委員の方だったけれど、
最初の若い男は怪しいという。
最近、お年寄りをねらった商売や、詐欺が多発していて
うちだけじゃないらしいので、話を詳しく聞かせてくれといって
警察までやってくる騒動となった。(’0’)/

それにしてもなぜ、民生委員さんが訪ねる同じ日に来たんだろう。
なぜ、本物の人と一字違いの「竹内」と名乗ったのか。
じぃちゃんが亡くなって3ヶ月。
どこからばぁちゃんが一人暮らしになったことをかぎつけたんだろうか。
それとも単なる偶然?
…考え始めると、気持ちが悪くてしかたがない。

一方、ばぁちゃんは、その用心深さと機転を利かせた受け答えを
警察に褒めまくられ「模範的です」と太鼓判を押されて、
まんざらでもない様子。^^
「宅急便のときでも差出人はどなたになってますかと尋ねて、確かめてからしか戸を開けません」
とか、いっぱい自分の対策を披露していた。

そうです。
ばぁちゃんはと~っても用心深くてし~っかりしている。

子供

母親講座を知っていますか

山崎房一(故人)の書かれた本を読んで涙がでました。
「強い子、伸びる子の育て方」PHP文庫という本です。
そこには具体的に大変な子供たちお母さんたちの例が沢山書いてありました。
胸に手をあてて思い当たることがいっぱいです。
そこに母親講座が紹介されていて全国的にかなり前からやっている様子です。
知っている方おられますか。

「主人や子供たちの状態が不満足であっても決して自分を責めないでください。一生懸命努力したのです。世の中には自分ではどうすることもできないことがいっぱいあります。それを自分のせいにし、罪悪感を持って自分で自分を責め始めると、心がカラカラに渇いてしまいます。自分が悪いと反省する必要はさらさらありません。開き直って下さい。…反省する必要がある場合、さっさと百分の一秒反省しましょう…」

と最後のほうで「お母さんへ」と題して書いてくださっています。
涙なみだでした。

介護の最後の2年間は看護婦の詰め所に寝泊りしているような日常。
プ~とブザーがなれば何をおいても隣家へすっ飛んでいっていた日々。
義姉の一言で事が決まり、走り回る日々。
子供のしつけ、生活のルーティーンを必死になってやっていた私。
そして娘の不登校、ますます状態が悪くなる義父の在宅介護は重責がのしかかってきて、できないことはできないと言うようにして家庭を守ろうとすると、責められた。そしてじぃちゃんが逝きました。

お葬式、その後の法要でばたばたしていたとき、義姉は私に口もきかずまるでいないかのような態度で無視をし続けた。たまりかねて主人と二人で話しに行くと、何年も前のことまで蒸し返し責める言葉がどんどん出てくる。その大半が邪推からでたものだったから、和解しようといくら弁明しても「嘘ついてる」の一点張り。嘘つきでいい加減な弟夫婦に辟易しているといった態度に出られて、とことん傷つきました。

そんな中で子供がまともに育っていく方が奇跡かもしれません。
知ってか知らずか、じぃちゃんは急ぐようにして逝き、私たちに修復の時を与えてくれました。

「母」というもの、「母なるもの」を私自身の中からもう一度取り戻さなければ、と思います。
娘を本来のいきいきした姿にもどしてやることよりその方が先のようです。
母親講座に連絡してみようかなと思っています。

未分類

新しいものへの反応

足の裏洗い(ブラシ型)→いらん、こんなもん
アボカド→まずいなぁ
ゴーヤ→にがい、もうせんといてや
つっぱり棒式パーテーション→へんなもんこうたなぁ
ジーパン→きゅうくつや、もうはかへん
ボディーソープ→せっけんのほうがええ
ファックス→てがみがあるやろ、ふようなもんや
携帯電話→ひつようないやろ
垢すりタオル→いたい。たおるでいいわ。
ブログ始めてん→反応なし

思いつくままに書いてみたけれど
うちの主人はおじいさんみたいに
新しいものへの拒否反応が多い。

最初は私もその反応をいちいち気にしていたが、
もう慣れたので楽しむことにしている。
最近は子供も反応を想像して楽しんでいる。

子供

新展開になってほしい

昨日からちょっと変わったような気がしています。
突き抜けてきたというか、吹っ切れてきたというか、
介護ありし日々の傷ついた心の問題、娘のこと、小姑とのこと…

なんでかわからないけど。

日曜日は「聖日」といって、私たちキリスト者は祈りに行くのですが、
帰ってきてから、娘に対しての私の心が変わっているのに気がつきました。
腹を立てずに叱ることができたんです。
毅然とした態度で。

これがなかなか難しかったのです。
介護で24時間ピリピリしてた頃に娘にヒステリックに当たっていたときの後悔があるので、
母としての自分に自信がなくなり、「叱らない育児」とか
「ほめて育てよう」とかいう本をいっぱい読みましたから。

娘、大泣きしましたが、私は構わず見守りました。
妥協せず、かといって怒らず、「叱る」ということがやっと出来た気がします。

育児書はいろいろ読むと正反対のことが書いてあり全部、真実なので、
読めば読むほど解からなくなります。

今、不安定だけど自己中で泣き喚いたり弟をいじめたり、荒れ放題の娘をどうするか、結局親が自分で考えて育てるしかないのです。

ちょっと摑めて来たかもしれません。
そういっても明日はまた泣いているかも。

本当に親業は修行です。
自分が確立されないと難しい子供を育てられません。

モチノキと薔薇の剪定

「高枝切りハサミ」1980円也で買いました。
モチノキにカイガラムシがいっぱいで、ツルバラももう花も終わり。
そこでこの新兵器が登場。
母と二人がかりで、思い切ってバチバチ切ってさっぱりしました。

しかし園芸好きな母にはかないません。
もう70歳になったのですが、私よりタフに動き回ります。
私の方がすっかりバテてしまいました。

麦藁帽を貸してあげてそれをかぶった母の姿を見てびっくり。
今は亡き田舎のじぃちゃんそっくりです。
母の父親だから、ありうることだけれど、
立ち姿から顔の形、うりふたつでした。

そう思うと急に母がおばあちゃんに見えてきました。
よう考えれば70の母に手伝ってもらっている、いい大人の私。
もちょっとしっかりせねばね。^^;
タラ~リと汗が出ました。

枇杷の収穫

20060625032731.jpg

今年は150個くらいはあったと思う。
木で完熟させているので見た目は悪くてもとても甘いのです。
鳥もよく知っていて完熟になるのを待っているのですよ。
だから収穫は鳥との取り合いです。

こうやって枇杷を採っていると3年前に初めて実ったときのことを思い出します。

ここに引っ越して6年目に入っていました。
賃貸マンションにいたころの鉢植えを地植えにしたのがどんどん成長して、初めて生った枇杷は300個はあったかしら。
木にだいだい色の明かりが灯ったようで、その色に魅せられました。
「私たちもここに根をおろせたかなぁ」と
思ってなんとも嬉しかったのです。

今年は風が強い日が多くて、自然に摘果され
数は少ないけどひとつひとつが大きく甘くなった気がします。

ご近所にはおすそわけしたけど、
皆さんには画像のおすそわけですみません。^^

おれんじの明かりがポッと灯りたるような
             枇杷の実我が家に生れり
(紅茶)

子供

涙の壺

涙が出るということは、
涙が枯れていないということ。

泣き言でもなんでも涙で神様に訴えて、
訴え続ける。

昔、聖書の時代、
涙を溜める壺というのがあって
それがいっぱいになったら神様に願いがきかれるという
言い伝えがあったそう。

涙というものは枯れてはいけないと思う。
うれしいときも、かなしいときも
神様に向かって涙を流そう。

涙が枯れはてるような時も
泣ける場所に避難してでも
泣かないといけないと思う。

そして人の前ではうるうると潤った瞳で
清々しく笑わなくちゃね。

今日も頑張ろう。

子供

佐賀のがばいばあちゃん

映画が封切りになった
「佐賀のがばいばあちゃん」

今、原作を子供たちといっしょに読んでいる。
が、寝る前の読書タイムは、娘、息子、私の3人の誰かが
先に寝てしまっているときが多くて、なかなか進んでいかない。

だからまだ途中なんですが、子供たちはかなり面白がって聴いている。
昔の子供の田舎貧乏暮らしに、興味津々といったところか。

そして、このがばいばあちゃんの言葉がおもしろい。
現代に生きている私たちの価値観を
ご~ろり~~んっ!!!と
気持ちよくひっくり返してくれる。

だから影響されやすい小2の息子は
「おかあさん、うちは貧乏やなぁ?貧乏なんやろ~?」
嬉しそうに聞いてきた。
「う~む。」
なんて答えよう…と考えていると
「だって、ニンテンドーDS買ってくれるの、うちだけまだやもん」
そして
「ええねんで~、明るい貧乏はなぁ(^v^)/
ニコニコして行ってしまった。
まっいいか~。

わたくし、ただ今、がばいかあちゃんになるため修行中。
                 (※がばい=すごい)

葉っぱのフレディ

「葉っぱのフレディ」がミュージカル劇になりこの夏お目見えする。
日野原重明先生の企画、原案で、
「葉っぱのフレディには人間が生きることの全てが含まれている」
とおっしゃっている。

この本は2年ほど前に図書館で借りて読みました。

葉っぱのフレディが、まさに木から舞い散ってゆくとき
スローモーションの様にゆっくりと
今まで自分のいた大木の全体像が見えてくる…

というところが忘れられません。
自分が死ぬとか生きるとかを越えた
大きな営みがそこにあって、
それによって生かされていた驚き、
感謝だけの世界。

生きているうちには見えなかった木の(生命の)全体像が
死に逝く時に初めて見える…。

願わくば私が逝くときもそうあって欲しい。

このミュージカルは6月10日前売り開始。
私は多分行かないけれど、もう一度本を読み返したくなっています。

(この下の記事も読んで下さいね。
よろしくお願いします。ぺこり。)

介護

リハビリ診療がえらいことになっています

私はじぃちゃん(義父)の介護を13年してきました。
皆さんがえらいねと言ってくれるのですが、
えらかったのはじぃちゃんです。
じぃちゃんはこの春逝ってしまいましたが、
じぃちゃんが偉かったのは、
どんなときでも「くるしい」とか「しんどい」とか
弱音を吐かなかった事。
そして、どんなときも
リハビリを頑張っていたことです。
それは私たち介護者がちょっとでも楽なように
オムツ替えのとき腰を上げたり、
寝巻きの交換のとき自分の力で寝返りが打てるよう
筋力が低下しないように心がけてくれていたからなんです。
それがじぃちゃんの精一杯の心でした。

私はそんなじぃちゃんのことを思い出すとき、涙を禁じえません。

http://craseed.net/
↑ここにはえらいことが書いてあります。
リハビリに保険が使える期間を限定するというものです。
私は知りませんでした。
さっき「育児と介護の両立を考える会」のHPで知り、
涙とともに早速、署名してきました。

どうかどうか介護に関係のない方々も興味を持ってください。
いつか私たちもリハビリをしなければいけない体になるかもしれないのです。
そして長期寝たきりの人がどんな気持ちでリハビリをしているか
思いを馳せてください。
そして署名をよろしくお願いします。

大好きなHPのリンクをはりました

ふたあつリンクをはりました。

ひとつめ

「ばぁちゃんと暮らす」のそばさんちは、私がよくお邪魔しているお庭の素敵なおうちです。
個性あふれる3人の男の子たちが、とにかく逞しくって可愛い~。
ご主人をいれて4人の九州男児に囲まれて、大奮闘のそばさんが
一番逞しいかも…。^o^
最近までお姑さまの介護も心豊かにされていました。
その時の記録も残っていて私の励みにさせていただいてました。

ふたつめ

山谷えり子さんちは、(なんて馴れ馴れしく言ってみましたが
今や押しも押されぬ参議院議員)
日本のお母さん代表として頑張っておられる様子を
読むことが出来ます。
普通の主婦の感覚でまっとうな意見を国会で堂々と述べられる、
とても貴重な議員さんです。

家族のきずなを大事にするということが国の柱になる
という考えが、当たり前のようでなかなか…
ということを気付かせて下さいます。
そして具体的な政策に溜飲が下がる思いです。

メッセージが昨日更新されていますので、是非読んでみて下さい。
メッセージには、政治のこと、家族のこと、教育のこと、文学のこと…
幅広く興味あることが書かれていて、必見です。

リンクの欄から一度お入りくださいね。^^


未分類

昔の手紙

昨日、主人に無許可で納戸の整理をしていると、
主人がなんでもかんでも突っ込んでいた汚い紙袋が出てきた。
8年前マンションから越してくるときに持ってきたまま、
中身も確認しないまま放置されていたもの。
とにかくこんなもので納戸が占領されているのだ。

捨て捨てモードに入っていた私は、ためらうことなく中の物を
ドバッと出してみた。

ほとんど昔届いたダイレクトメールの類
その中にたまに個人からのはがきや封筒が混じっている。
「やはり見もせずに捨てるわけにいかない…」

頼まれもしないのに、分別を引き受ける捨て捨て星人。

そして中からなんと
私の書いた主人宛の誕生日カードが出てきたのだ。
結婚して初めての誕生日に渡したらしい。

”○○さん、お誕生日おめでとうございます。
これからも毎日お弁当を作ります。
お料理もうまくなります。
だから、どうぞいつまでもお元気でいてください。
そして二人でいろんなことを乗り越えていきましょう。
○年○月○日 紅茶より”

などと書かれていた…

まるで他人の書いた文章のようだ。^^;

それが汚い紙袋から出てきたという事実…^^;;

あの後、じぃちゃんが倒れ二人で乗り越えなくちゃいけないことが、
すぐさま波のように押し寄せてきて、
次から次へと翻弄されるばかり。
乗り越えてこれたのかしら。
のみこまれていっただけだったのでは…

ええい、これは「捨てない山」にのせておくけど、
まだまだ捨てなきゃならないものはいっぱいある。
溜め溜め星人の主人を持つと、
捨て捨て星人は感慨にふけってる場合じゃないのだ。

すっきりした納戸を見て慌てふためく主人を想像する。

そしてそんな主人におもむろにこのカードを手渡そう。
うししししし。





紅茶

Author:紅茶
子どもの自立、自律を目指し苦戦中(高2娘、中3息子あり)
介護は昨年7月に終わりを迎えました
読み聞かせのボランティア継続中
時には歌手
キリスト者
「紅茶さん」と呼ばれる。(^^)/

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