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介護

最近の私

おばあちゃんの症状によって一喜一憂していたら
かなり疲れてきた。

私は介護に向いていないのではないかと最近思っています。

思い込みが激しく、勘違いも多い。
疲れてくるとさらに度合いを増し、余計に疲れる、、、、の繰り返し。

やっとそれに気づいたんだから、自分でもあきれる。
(以前は介護は自分に向いていると思っていたんだからね。。。。。)

介護者は、要介護人に何が必要かを把握できなければいけないけれど、
自分で勝手な想像をしてそれにふりまわされてはいけない。

「この人を生かしてあげなくてはいけない」と考えるのは僭越なことだ。
生きているのはこの人自身。
私が生かしてあげているのとは違う。
生かしているのは天であり、生命力である。

それと同様に私も私の人生を「生きている」。
その中で自分が何ができるのか考えて、介護をさせてもらう。
決して私の人生を犠牲にしているのではない。

献身的という言葉に陶酔してはいけない。
「私がしなくちゃ」と思ってはいけない。
「私がしなくちゃ」と思うと、「いい加減、いつまでなんだろう」と思ってしまうことになる。
そして「早く終わればいいのに」ということを思ってしまう。

命に対してそう思うことは、介護者のこころをひずませてしまう。

おばあちゃん、しんどいだろな。
でもしんどいのはおばあちゃん。
私は変わってあげられない。

そう思うことができなければ介護はできないと痛感しています。
できることはしてあげようと思っています。

おばあちゃんまだまだ、頑張るかもしれない。
点滴だけで半年が経とうとしています。
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紅茶

Author:紅茶
子どもの自立、自律を目指し苦戦中(高2娘、中3息子あり)
介護は昨年7月に終わりを迎えました
読み聞かせのボランティア継続中
時には歌手
キリスト者
「紅茶さん」と呼ばれる。(^^)/

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