スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

介護

不思議な場所

おばあちゃんの入院している病院の廊下のつきあたり。
その窓から見えるのは、何にもない茫々の草はら。

ひざくらいの雑草が青々と生えていて、
堂々とした大きさの岩がころがっていたりして
その上に鳥がのんびりしていたりする。

300坪はあるかしら。もっとあるかもしれない。
高台の住宅が立ち並ぶ地区と、低く走っている幹線道路のあいだの部分が
ぽっかりと開発に取り残されて手付かずになっている。
こんなところにこんな場所があるなんて、病院の窓からしかわからない場所。

この雑草の伸び具合は、きっと誰かが管理しているに違いない、と私は思った。
荒れ放題伸び放題ではなく、ずっとひざの丈ほどになっている。
葛の類いが生えている様でもないし、
何というか、気持ちのいい草はらだ。

おばあちゃんがここに転院してきたのは今年の早春で、
ひなたぼっこするのに気持ちがよさそうに思えた。

今は青々とした草が風に吹かれ、夏の日差しに光って見える。

病院ではおむつ交換の時間などは、付き添いは廊下に出るように言われ、
そんな時、私はいつもこの窓から、この不思議な場所を眺めている。
ときおり車椅子のおじいさんが、わざわざここに来て眺めている。
この病院からしか見えない、かくれた場所。

一昨日のこと、
その草はらに初めて人影を見た。
どこからこの土地に入れるのか。
麦わらをかぶった男の人が、草刈機でひたすら草を刈っていた。

やっぱり。
誰かが手入れしていると思った!

妙に私は感動していた。
昼過ぎの暑い最中にこうやって手入れをしている人がいるということに。
それも何の役にもたたない中途半端な場所の草はらを。

そして昨日。
今度は若い茶髪の青年もいっしょに2人で草を刈っている。
やはり昼過ぎの暑い暑い日差しの中
帽子も被らず青年も黙々と草刈機を動かしている。

除草剤をまけば、こんな重労働をしなくてもすむ。
でもそんなことをすれば、たちまちここはただの空き地になってしまう。
鳥も来ないし、私たちが窓から眺めることもなくなるだろう。

開発に見放されたような草はら。
でも空き地ではない。
ここは命がある草はらなのだ。

ただベッドに横たわって言葉一つ話せない病人の方々と
同じ部屋で一緒に過ごしながら
私はこの草はらを見ると救われた気持ちになる。
スポンサーサイト

紅茶

Author:紅茶
子どもの自立、自律を目指し苦戦中(高2娘、中3息子あり)
介護は昨年7月に終わりを迎えました
読み聞かせのボランティア継続中
時には歌手
キリスト者
「紅茶さん」と呼ばれる。(^^)/

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。