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家族

二人の母が天に帰りました

先月末、主人の母を見送りました。
最期のときを看取ったのが私でした。

もうすぐ入院して2年が経とうとしていて、可哀想な姿でしたので、
手を握ってもう頑張らなくてもいいよと言って上げるのが、本心からの言葉でした。
「怖がらなくてもいいよ。大丈夫。大丈夫。みんないっしょだからね。
神様が光の方に連れて行ってくれるからね。心配しないで」
というと、目に涙が浮かんできてそれをぬぐってあげると、まもなくして息をしなくなってしまいました。

最期まで乱れずにしっかりしていた義母は私の誇りです。


そしてなんと4日後、私の母までも天に突然帰っていきました。
義母の通夜に来てくれていたのに。。。。。
父が散歩にでるとき話していたのに、帰ってくると倒れていて救急車を呼ぶと
もう心臓マッサージをしないといけなかったようです。

母は軽度の認知症の診断をうけてから、仲の悪かった父に口答えをすることも徐々になくなり
後ろをついて行くような姿になっていましたので、娘としては複雑な思いでした。

「一番いいときに天に行ったのよ」
と口々に母の友人の方が言って下さいました。
本当にそうだと思います。
これ以上認知が進んだら老いの二人はどうやって生きていくことになったのか、、、、、
そして長年主人の両親を介護してきた私に世話をかけたくはないと
思ってくれていた母らしい最期だったと思います。
私は結局1秒すら母の世話ができませんでした。

もう8月も半ばになりつつありますが、二人の母を送ったことに実感が持てないままです。

どうぞ、お義母さん、お母ちゃん、天から私を見守ってね。
これからもお願いします。


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コメント

マーコさんへ

そうですね。
姑を私が見送ることになるとはね。
縁があったとしか思えません。

逆に実母の方は見送ることができませんでしたが、
家族思いの母らしいさっぱりとした逝き方に感嘆しています。

ありがとうございます。

おつかれさま

> めずらしく~紅茶さんにおじゃましました。

何年も前の タカノフルーツパーラでの、お会い。


義お母様 紅茶さんとは 前世ご縁があったのでしょうね、

また 実お母様 。。。。。
お二人の ご冥福をお祈り申し上げます。 マーコ

がうらさんへ

この二年間、がうらさんにも色々きいていただき、ありがとうございました。

義母は、亡くなる前日は肩で息をしていて鼓動が激しくてとてもしんどそうでしたが、最期は本当におだやかでした。
人の命って不思議ですね。
人の最期に一人きりでたちあうなんて生まれて初めてのことでした。
他に誰もいなかったから、遠慮なく私なりに精一杯のことをすることができ、とても自然に見送れたと思っています。

がうらさんとお母様は本当の親子だから、また違ったと思うけど、自然に…というところが重なったのかな。。。。

お義母さんには、自分の子供に見送られなくて可哀想だったなぁと思いますし、間に合わなかった主人と義姉には「私ですみませんでした」と素直にあやまりました。



しかしうちの母のことは、いまだに信じられません。

もうすぐ義母の35日と、母(キリスト教)の一ヶ月記念です。
疲れの山は過ぎました。
今後は、ゆっくり助けられながらやってますので、大丈夫でしょう(主人の優しいこと!)

けれど…
実家の男やもめの世話がこれまた長期戦になりそうで、思っただけで疲れてきます。^^;;

また「田んぼ」のぞきにいきますね!

No title

お二人のお母様の旅立ちに 心からお悔やみ申し上げます。

2年にわたる入院はご本人も家族にとっても大変な時期だったと思っています。本当によく頑張られましたね。
いろんな葛藤はあるとは思いますが、お義母さまが穏やかに旅立たれたことが何よりだったのではないでしょうか。

お義母さまと紅茶さんとの最後の時間は、私と母が最後に過ごした時間と重なりました。

お母様も4日後に旅たたれてしまったなんて…
聞いている私までびっくりです。

緊張感の連続でしたね。
疲れていることさえもわからなかったのではないですか。
後から後から…疲れが押し寄せてきますよ。
がんばり過ぎないで…無理しないで…過ごしてくださいね。

ケメコさんへ

ケメコさん、
そういうわけで、とつぜん介護を「卒業」してしまいました。
呆然としてしまいます。

まあ一番難物の父がいますから、これからなにがあるかわかりませんが。。。。。


義母のことは、、、、なるべくなら在宅で看てあげたかったけれど、二度目の介護はかなり割り切りました。
でもそんな私でも許してくれて最期は私に看取らせてくれた義母でした。
嫁と姑って他人なのにね。不思議なご縁だったと思っています。

そして母は認知症で自分の健康管理がおろそかになっていたことも命を縮めた原因だったかもしれません。
そのことが悔やまれます。
しかし、あっという間に天にいったのは母らしくもあり、
それが愛情として感じられています。


やっぱり「母は母」で、私は二人の母に愛されて許されてきたのだなと感謝してまいりたいと思っています。

ケメコさん、いつもありがとうございました。
軽やかにこころ豊かに、笑顔で歩いておられるケメコさんに
またお会いしたいです~!

今後ともよろしくお願いします。

お悔やみ申し上げます

義母様と実母様のお二人が相次いでお亡くなりになられたのですね。
心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

紅茶さん、義母様の最期に安心のお声掛けをしたら、涙を浮かべて反応されたのですね。

義父様、義母様と続いた長く過酷な介護、本当にお疲れさまでした。

そして、なんと、ご実家のお母様の突然の旅立ち‥
どんなにか驚かれたことでしょう。
直接のお世話はできなかったかもしれませんが、実家のご両親のことも気にかけていらしたことは、存じておりますよ。

紅茶さん、心身ともに、お疲れがたまっていることでしょう。どうぞ、ご自愛くださいね。
そして、笑顔で元気なお母ちゃんでいてくださいね。

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まとめ【二人の母が天に帰りま】

先月末、主人の母を見送りました。最期のときを看取ったのが私でした。もうすぐ入院して2年が経とうとして

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先月末、主人の母を見送りました。最期のときを看取ったのが私でした。もうすぐ入院して2年が経とうとして

紅茶

Author:紅茶
子どもの自立、自律を目指し苦戦中(高2娘、中3息子あり)
介護は昨年7月に終わりを迎えました
読み聞かせのボランティア継続中
時には歌手
キリスト者
「紅茶さん」と呼ばれる。(^^)/

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