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家族

今日の晩御飯は、ふぐと鯛なのだ!

おお、今日の晩御飯は
ふぐ鍋です!

結婚してこのかた、ふぐなど食べたことがありませんでした。
生協であまり高くないお値段で「真ふぐ」という切り身があったので
思い切って5人前、みつくろって2袋、買いましたのよ。

「さばふぐ」でもなく「とらふぐ」でもなく
「真ふぐ」って書いてあるんですが、、、、、

さてどんなお味がするのかな。。。。



…で、うちのばあちゃんは例によって、好き嫌いが激しいので
前もって聞いておいたほうが…

「おばあちゃん、ふぐ食べれる?」

「私はふぐは食べないよ」

「やっぱり~、そうかと思ったから
一緒に鯛の切り身も鍋にいれることにするね~(にこにこ)」

「いいよ。私はお茶漬けでいいからね」

「いやいやそういうわけにはいかないわ」

「いいの、いいの。私はお茶漬け。」

(みょうに頑ななおばあちゃんに、ここでピンと来る)
「もしかして、ふぐと一緒に炊いた野菜も気持ち悪くて食べられないちゅうことかな…」

おばあちゃん黙ってうなづきました。

(私、汗たら~り)



この年になって好き嫌いをなくそうなんて、所詮無理なこととはわかっています。
でも神経質なおばあちゃん、野菜までパスらしい。。。。

「食わず嫌いなんだけどね…」

ぽつりと言ったおばあちゃん。

さて、とにかく鯛の切り身は買ってきたことだし、ひとり用の小鍋も前に割れちゃったから
新しく買ってきた。

別鍋にします!!!(きっぱり)



ああ、疲れる、ふぐ!




家族

おばあちゃんのお喋り2

さて…
ちょうどその時、主人が仕事から帰ってきたのです。

「お父さん、お父さん~!!」
ネクタイを外そうとしている主人に子供たちが質問攻め。。。。

主人「昭和46年の洪水の話か~?お母さんは知らんのか?」

私「私?知りません。(生まれてましたけど…)
ん?昭和46年ってゆうたら、お父さんは小学生やったんや~」

娘「も~…おばあちゃんな、お父さんを紐でおぶってたとかいうから
てっきり赤ちゃんのころかと思ったよ~」

ばあ「たしかに負ぶってたのよ~。あれ、おかしいな~」

主人「そうそう。あのときは確かに紐でかあちゃんの背中におんぶしてもらってた!」

一同「ひぇ~!!小学生やったのに?!」
              ちょっとひいてしまう…




主人「風邪で高い熱を出してたんや~。
それでボートに乗るときもおんぶしてもらってたわ。
学校の体育館に非難してからも、友達はみんなはしゃいで遊びまわってたのに、
僕だけ寝かされていて、つまらんかったで~」



一同「ほ~~~」


それにその頃なら、もうお義姉さんも結婚していて、別に住んでいたはず。。。。

納得。

これで謎が解けたのでした。

それにしてもおじいちゃんが出張中で、子供は熱を出しているし、床上浸水はするし…
多分、体育館での非難生活も心細かったろう…、若き日のおばあちゃん。。。。。




はい。おばあちゃんの記憶は正しかったのでした。。。。。

家族

おばあちゃんのお喋り

最近よく喋ってくれるおばあちゃん。

「最近、カンパンというものを見ないね~」
と言い出したので、
「うちにあるよ~」
と言って、私が非常持ち出し袋のなかから
缶詰のカンパンを出して見せてあげました。

すると昔、洪水にあったときのことを話し始めたんです。

「あのときは床上浸水だったけど、テレビとか
たんすとかみんな自分で二階に上げたりしたんよ~。
とうちゃんは出張中で男の人は誰もいなかったし、
私も若かったからね~。
ボートにのって川みたいになった道を小学校まで漕いで行ったよ」

「へ~おもしろそう~!」
やっぱり子供たちが反応した。

ばあ「子供はみんな面白がってたけど、大人は大変だったんよ~」

こども「そのときお父さんは子供だったんでしょ。おぼえてるかな~」

ばあ「そうそう、K(主人)は紐で背中に負ぶっていたね~」

私「…ということはまだ赤ちゃんだったってことですよね。
  お義姉さんは子供でいっしょにいたんですよね~?」

ばあ「いや、N(義姉)は別のところに住んでいていなかった」

一同「えっつ……」(衝撃が走る)



いったいどういうことだろう…
主人が赤ん坊だったということは、
いくら13歳離れた姉でも、まだ中学生くらいだったはず…

なんで別のところに住んでいたのか????????


いつもおばあちゃんの話は謎めいているのです。

続きはまた今度…

家族

さて一ヶ月が経ってみて…

おばあちゃん(義母)と同居して一ヶ月が経っています。

いろいろあったことを淡々と書き連ねてみようかな…^^;




まずはおばあちゃん語録から…

「時代は変わったんだけど、、、私たちの時代は主人が仕事に出かける時は玄関に出て見送ったんだけどね…」

「今日、紅茶さんはK(主人のこと)が行って来ますっていったとき、どこにいたのか知らないけど
返事してなかったようね」

(正月明けの初出勤の日、5時20分に呼び出しブザーをならして)
「あんたたちがいつまでも寝ていて遅刻するかと思って…」

「あと10分早く起きるようにKに言っといて。あれじゃ電車に乗り遅れるわ。いつもぎりぎりでね~」

「もう子どもたちが帰ってくる時間だから暖房入れてあげておいてね」

「紅茶さん、今日、買い物行く?
朝、T(息子)が肉まん欲しがってたから10個は買っておいてあげなくちゃね」

「どうしてもお赤飯が箱に入っていて腐りかけてるような気がするから見に行って欲しいんだけど」
(ときどき夢と現実が混同する)



こほん、、、、(ノーコメントにて勘弁してもらって)

まあ、可愛いところもあるんですよ。。。。


「お風呂に入ったらほんとうにしんどいんだけど、入れてくれる人のほうがしんどいわよね。
しんどいなんていったらバチが当たるね~」

(マッサージをしてあげていると)「気持ちいいけど紅茶さんがしんどいでしょ。もういいですよ」

(足先が痛くて靴下を履けないので袋状になっているフリース素材の包み込むような靴下を見つけて履かせてあげたら)
「なんてもったいない。こんなこと誰がしてくれるでしょう」

(どんな料理を持っていっても…)
「あ~おいしそうじゃないの~」



こんな感じでベッドの上で一日の大半を過ごすおばあちゃんは、しっかりよく聞こえる耳と
気遣いのできる心とをフル活用して、存在感を現しておられます。

子どもたちのことは気になることがあっても、直接は何にも言わずに黙って様子を見てくださっています。
それが一番ありがたいことです。

家族

「おかあちゃん」

増築工事に来てくださっている大工さんのはなしです。

私が急に思い立って相談したことに快く応じてくださって
今も窓のところに小さな棚板を取り付けてくださっています。

それがかなりの手間な作業の様子…
申し訳ないなぁ~~と思いつつ…

ここのところ、ずっとその方とひとつ屋根の下にいるわけで
なんとなく人となりが伝わってきます。
初老で白髪交じりの、しぶい「大将~!」という感じ。
(この辺ではいい大人の男のことを、そう呼びます)
高倉健に風貌が似ていて、格好いいんです。。。。。

そしてその方が私のことを
「おかあちゃん」と呼ぶんです。。。。^^;

なんだかとっても新鮮な呼ばれ方…^^
「はいはいっ」
なんて返事をしてしまいます。

大工さんは、いろんな方が手伝いに来てくださって
多いときは5人ほどがかかってくれていましたが
一段落して、今は息子さんと二人。。。。。
無口な二人が黙々と作業する姿に、しびれている私…^^;

昨日、休憩のときに聞くと、
なんとこの大工さんの親父さんも大工だったということで、
息子さんは三代目。
「へぇ~~~~~!!」
ため息が出てしまいました。

「喧嘩になりませんか?親子して同じ仕事場にいると…」
なんて質問をすると、
「喧嘩になんかならんね~。年取ってきたから息子に頼らんとあかんしね~」
とおっしゃいます。

20代後半くらいに見える息子さんは黙ってお茶を飲んでいます。

実際は大将がいろいろ指示を出して、息子がその通りにしているのです。。。。。





私なんかエレクトーン講師という職業を持っていたけれど、
娘の音楽活動に忍耐できずにいろいろ口出しして、駄目にしてしまった母親でした。

娘を不登校にしてしまってからは、母親の勉強をしながら
本当に娘に申し訳ないことをしたと思いました。
そして楽器店との契約を切り、生徒を教えることも自分が弾くこともやめて、
しばらく音楽から遠ざかることにしたのです。

娘が復学して2年目。
今はぼちぼち弾いていますが、これからも生徒を教えるのはやめようと思っています。
日曜日の賛美歌の伴奏だけは完全復活を目指すことにしましたが。。。
ブランクが大きくて苦戦中です。



大工が3代続いている。
すごいことです。

「おかあちゃん」はそんな大工さんの、日々の仕事振りをそっと拝見しています。

紅茶

Author:紅茶
子どもの自立、自律を目指し苦戦中(高2娘、中3息子あり)
介護は昨年7月に終わりを迎えました
読み聞かせのボランティア継続中
時には歌手
キリスト者
「紅茶さん」と呼ばれる。(^^)/

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