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介護

最近のおばあちゃん

10月半ばで入院生活1年経ちました。
1ヶ月前はむくみが来て心臓も弱り、覚悟してくださいと言われましたが
心臓のお薬のおかげで回復しました。

今は元通りの元気さになり、痛みの訴えの頻度も元通り^^;

でも最近になり、言うことに脈絡がなくなってきました。

おばあちゃん、今日、電車に乗って出かけていたそうです。
そこでヘルパーさんのIさんに出会い、話しかけるとだんまりで機嫌が悪かった…
そのことを気にしていました。

Iさんは夕方になると病院の付き添いにきてくださる方で、とてもよくしてもらっています。
今日も私と交代できてくださることになっていたので、
「え~そうやったの~今日もこの後きてくれるけど、機嫌がなおってたらいいよね~」
と話を合わしていました。

昨日は壁に虫がいる、カーテンに針がささっているといって聞きません。
日頃、目を閉じているのに、ず~っとしっかと見開いて壁を見続けています。
神経にさわるから気にしないことよ~といっても聞きませんでした。
看護師さんやらに協力してもらって、
「いないよ~虫探したけどいなかったよ」
などといろんな人に言っていただいたのに、
ひとりの男の看護師さんは気を利かしたつもりか、
「虫追い払ってあげるからいつでもコールを押して呼んでや~」と言いました。

それを真に受けておばあちゃんは
「あの男の看護師さんがいってたから本当におるんや」
と言い出す始末。

その看護師さんは夜勤さんだったので
夕べ、どれだけコールで呼び出されたかは、、、、、しらな~い。
今日、蒸し返したくなかったのでおばあちゃんには聞きませんでした。

そんなこんなで、介護の様相も様変わりしつつあり、
どう対処すればいいのか、頭をひねっているところです。

ひとまず、それだけ色々と話してくれるんだから、体はある程度、回復したということです。
よしとするか。。。。。^^;;

家族

クモ騒動その後

結婚記念日の前後に必ずお出ましになる大きなクモの話を昨日書きました。
実は今日までにいろいろありました。

(クモ騒動 その1)

大グモのお出ましになった夜が明けて、昨日の朝のことです。
朝一で出て行った私が早朝仕事から帰ると、
部屋の畳の上にクモの足らしきものが2本、黒々と落ちているのを見つけた。
ひょっとして私が出て行ったあと主人が起きてきて格闘劇があったのだろうか…
ぎょっとして近くでまじまじと見た。
長さといい色といい細さといい、クモの足そっくりだったが、
よく見るとバナナの筋が黒くなって落ちていたのでした。

「息子の仕業に違いない、朝、バナナを食べながら服を着替えたりした時に落としたんだろう。」

娘も学校から帰ってきていうのに
「お母さん、クモの足落ちてたやろ!この辺!」

「それがな、よう見ると…」

息子に問いただした。
「俺、今朝はバナナ食べてへんで!」

「じゃあ今朝バナナ食べたの誰よ!」

…よく考えてみると、、、 、私でした。
そうです。思い出しました。
4時に起きた私は、仕事前に何かお腹に入れておかなければと
着替えつつバナナをほおばっていたのでした。
かなり寝ぼけていたので、そのことすら覚えていなかったのです。

それにしても目に焼きついていたクモの細くてなが~~~い足。
それがちぎれて落ちていたわけではなかった、
…よかった…


(クモ騒動 その2)

2晩経った今日の朝のことです。
私が台所に立ったら勝手口の扉の下の方に、いるではありませんか。
朝の6時過ぎでしたが、寝ている主人を起こしました。

さて勝手口を開けるだけでは逆に朝日を避けて台所の物陰に逃げ込むかもしれない。
そうなると最悪だ、台所仕事がなにもできなくなる、どうする、どうする…
……と思う間もなく主人は何の考えもなしに勝手口をあけてしまいました。

はたして、待ってましたとばかりにクモは外に出て行き、これにてクモ騒動は一件落着。
 
ホッとしたのと同時に私はなんだか不思議な感じがしました。
クモのいそいそと出て行く姿、
そして朝から勝手口の側で待っていたような姿、
これは私の言葉をしっかと受け止めて決心してくれたとしか思えない。。。。。

実はあの夜、私は梁の内側に隠れているであろうクモに話しかけていたのです。

「クモさん、あんたね、なんで目に付くとこに出てきたんよ?
隠れてくれとったら私も知らんですんだんよ。
怖い目に会いたくなかったら二度と姿をあらわさんといてや。
今度でてきたら殺虫剤使うで。
かしこいあんたのことやから、もうわかったやろ。
ここは私らの家やねん。住まわせて欲しかったら二度と出て来ないことね。
外に出て行ったほうが獲物も多いと思うからね、
知らんうちにそっと出て行ったくれたら最高やわ」

「お母さんなにゆうてんの。いくらクモの耳がいいと言っても言葉はわからんやろ」
と娘があきれていましたが、私は言わずには眠れそうもありませんでした。

そう、クモは耳がいいということを何かの本で読んだことがあったのです。
本当かどうかわからないけれど、クモは音楽を聴いて踊ることがあるとか…
ん~~~~~私は信じる!
とにかく心をこめて話しかけたのでした。

それが今日の姿。
「出ていったるわ!ほな、さいなら!」
とクモが言ったような気がしています。

家族

今年もお出ましになりました、大グモ!

今年はかなりスレンダーなお方でして、
胴体がほとんどわからないくらいで、足がなが~~~~~い!(汗)
直径15cmほどのお方でした。(汗、汗)

9月の初めに毎年姿を現すのですが、今年はちょっとのんびりしていて
6日の結婚記念日に間に合わず、夕べの出現。

こうも毎年お出ましになると、もう余裕の対応…
…と言いたいところですが、やはり苦手は苦手。
壁にへばりついて動かないけれど、気になってじっと見守る。
何も手につかない。

たいがい結婚記念日の前後、いつも主人が捕まえてくれて外に追い出してくれて、ホッとする。
そのときほど主人が頼もしく思えるときはない。
「ああ、この人といっしょになってよかった」と思わせてくれる。

なかなか気の効いたタイミングでお出ましになるので、ちょっと親しみも湧いてきている。


我が家でなぜか恒例になっているクモ騒動なのです。




今年は主人が捕まえ損ねてまだ部屋のどこかにいるのだ。
しかも私たちの寝ている部屋。

ゆうべから私だけ布団持って引っ越しました。
夫婦、別寝室になっちゃったよ。

今年のクモは気が利いてないな~~~~(笑)

結婚して19年になりました。

介護

不思議な場所

おばあちゃんの入院している病院の廊下のつきあたり。
その窓から見えるのは、何にもない茫々の草はら。

ひざくらいの雑草が青々と生えていて、
堂々とした大きさの岩がころがっていたりして
その上に鳥がのんびりしていたりする。

300坪はあるかしら。もっとあるかもしれない。
高台の住宅が立ち並ぶ地区と、低く走っている幹線道路のあいだの部分が
ぽっかりと開発に取り残されて手付かずになっている。
こんなところにこんな場所があるなんて、病院の窓からしかわからない場所。

この雑草の伸び具合は、きっと誰かが管理しているに違いない、と私は思った。
荒れ放題伸び放題ではなく、ずっとひざの丈ほどになっている。
葛の類いが生えている様でもないし、
何というか、気持ちのいい草はらだ。

おばあちゃんがここに転院してきたのは今年の早春で、
ひなたぼっこするのに気持ちがよさそうに思えた。

今は青々とした草が風に吹かれ、夏の日差しに光って見える。

病院ではおむつ交換の時間などは、付き添いは廊下に出るように言われ、
そんな時、私はいつもこの窓から、この不思議な場所を眺めている。
ときおり車椅子のおじいさんが、わざわざここに来て眺めている。
この病院からしか見えない、かくれた場所。

一昨日のこと、
その草はらに初めて人影を見た。
どこからこの土地に入れるのか。
麦わらをかぶった男の人が、草刈機でひたすら草を刈っていた。

やっぱり。
誰かが手入れしていると思った!

妙に私は感動していた。
昼過ぎの暑い最中にこうやって手入れをしている人がいるということに。
それも何の役にもたたない中途半端な場所の草はらを。

そして昨日。
今度は若い茶髪の青年もいっしょに2人で草を刈っている。
やはり昼過ぎの暑い暑い日差しの中
帽子も被らず青年も黙々と草刈機を動かしている。

除草剤をまけば、こんな重労働をしなくてもすむ。
でもそんなことをすれば、たちまちここはただの空き地になってしまう。
鳥も来ないし、私たちが窓から眺めることもなくなるだろう。

開発に見放されたような草はら。
でも空き地ではない。
ここは命がある草はらなのだ。

ただベッドに横たわって言葉一つ話せない病人の方々と
同じ部屋で一緒に過ごしながら
私はこの草はらを見ると救われた気持ちになる。

日本

毎日泣いています

そう、毎日…私は「おひさま」を観て泣いてしまうのです。
戦争が始まった頃から、泣かずに観た日はありません。

主人公の陽子ちゃんは大正15年生まれの義母より4、5歳は上だろうか。

テレビももちろんゲーム機もなかった時代の家族のだんらんの楽しさや
小学生の子どもたちの純なかわいさなど、
今の時代にはないものが描かれていて羨ましくなってしまうのは私だけでしょうか。
「そんないいことばかりではなかったよ」という声も聞こえてきそうだけれど、
やはり日本の国の背筋がピンとしていた時代、
家庭の中も凛としていた時代だったように思えます。

きっと義母も懐かしがるだろうと思い、
先日やっとDVDに入れて、病院にノートパソコンで持っていって
見せてあげられると思っていると
映らないのです。
ハイビジョン放送だからなんだそうな。

映像は最先端だったのでした。
パソコンに強い主人になんとか変換してもらい、やっと観れるようになりましたので
病院にもっていってあげようと思っています。

そんな私は「おひさま」の影響を受けて、「100年前の女の子」という本を図書館で見つけ
またまたその世界にはまってしまいました。

「100年前の女の子」船曳由美著 講談社

こちらは栃木県の明治生まれのおテイちゃんという女の子のお話。
年老いた母親(テイ)の語りを元に、著者がいきいきと組み立てたノンフィクションです。
田舎の女たちの生き方が様々に描かれていて、本当に面白かった。
私なんか弱っちろくてこの時代に生きていけないかも。。。。。
恥ずかしくなってしまいます。

紅茶

Author:紅茶
子どもの自立、自律を目指し苦戦中(高2娘、中3息子あり)
介護は昨年7月に終わりを迎えました
読み聞かせのボランティア継続中
時には歌手
キリスト者
「紅茶さん」と呼ばれる。(^^)/

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